江戸千代紙


千代とは元来おめでたいという意味あいで、千代=千年、永遠を表し千代に八千代になどと使われてきました。

千代紙の言われには諸説あり、松・竹・梅、鶴・亀、宝つくしなどのおめでたい絵が多かった事から千代という言葉にかけたという説や、京都の姫君千代姫お好みの紙であったとか、江戸の千代田城からとったなどと言い伝えられています。

初期の頃は和紙に絵具を流し込む「墨流し」、ブラシなどを擦って絵具を飛ばし模様をつける「吹き」などの技法により制作され、小物の包み紙や紙細工の内張用として発展しました。

その後木版多色摺技術の発展により千代紙も木版で制作されるものが増え、大奥などからだんだん庶民の間に流行していき、利用方法もお菓子の包み紙、化粧箱、江戸の下町町娘たちの姉様人形の材料としても使われるようになりました。